
ただ、恐怖におののきながら、ホステルに帰りました。
道中、身体障害者のおばさんに出会い、私にお金をくれと言って腕を少し触られました。冷静に考えると、目が悪そうで足が悪そうな人だったので、ただ軽く私を触っただけだったと思います。
しかし、その時の私は本当に怖がっていたので、走って逃げてしまいました。そして、身体障害者の物乞いの人にも恐喝を受けたなどと、真面目に思ってしまいそうになってしまいました。
それ程、追い込まれていたのです。誰とも出会いたくない気分でしたが、ホテルに着くと外にいるよりはリラックスできました。
いくら汚いといっても、マイナス16度から開放されたのは大きかったと思います。そして、汚いシャワーを何とか浴びて、寝ようとしていました。十時頃だったと思います。
しかし、電気はつけられたままで、大声で話されていては眠れる感じではありません。さらに、私は二段ベッドの上だったのですが、寝返りと打つと物凄くゆれるので、非常に怖かったです。
そして、とりあえずベッドから降りました。そして、部屋の外に行ってリビングルームという名の汚いパイプいすが数個おいてある共有スペースに行きました。すると、アジア系の私と同じくらいの年の男の人に出会い、その人が私に話しかけてきました。

その人は、韓国人でした。そして、その人もその日が始めての宿泊で、眠れなくてリビングに来たそうでした。
その時の私は、いつに無く警戒心が高かったのですが、しばらく色々と話しかけられて、その韓国人と私とが同じ状況にいる事が分かり、ようやく一人じゃなくなったといった感じで安堵しました。一人旅をあえてしたのに、私は向いていなかったようです。
その、韓国人の名前はアンディーといいます。もちろん、本名は別に韓国っぽい名前があるらしいのですが、彼もまた留学生なのでアメリカの名前を名乗っているそうです。
年は、私より二つ上の21でした。そして、アンディーと留学についてなど、いろいろ語った後、今日起きた恐喝について話しました。
そうすると、アンディーもまた同じような経験をしていたそうです。アンディーの場合は小さい店に行って、中を見ていたら、店員がぶつかってきて小さいグラスを壊してしまったそうです。
そして、その弁償として30ドル払ったそうです。払ったときは、運が悪いと思っていたそうですが、後から考えたらはめられたという事に気付いたそうです。
アンディいわく、ニューヨークは人種の坩堝なので、見ただけではアメリカ人なのか、何なのか全く分かりません。
なので、お土産とかを買っている日本人だとか、韓国人だとかは狙われやすいそうです。私も堂々とお土産を買っていました。その時にすでに、目を付けられたのかも分かりません。
でも、安心してください。一人で行動しなければ、たいてい狙われないそうです。そういう犯罪も商売なので、こっちが粘れば、大ごとにするのを嫌う犯人は解放してくれるそうなのであわてずに対処しましょう。
(こんな事を書いておきながら、私は知っての通り、あわてまくっていました。)
なにか、そんな事まで分かってくれる友人を見つけて
本当に安心しました。

そして、彼も一人旅をしているという事が分かり、お互いに次の日から、こんなホテルで不安で仕方なかったので次の日は一緒に自由の女神を見に行く事にしました。
その時からです。ニューヨークが楽しくなり始めました。自由の女神に行ったのも、相変わらず寒かったものの、楽しく過ごせました。
さらに、次の日。ホステルに帰ると、陽気な性格のアンディが韓国人の女の子と話しています。そして、私も輪の中にはいる事が出来ました。偶然の出会いの割には、すぐに溶け込めました。
さらに、驚いた事に、英語で話していたのでお互いに韓国人だと思っていたのですが、女の子が三人いて、そのうちの一人はそこのホステルで知り合ったという日本人でした。
ニューヨークに、お互いに知らない日本人二人と、お互いに知らない韓国人の男と二人組みの女が仲良く話しているのです。なにか、不思議な出会いといった感じがします。

そして、私たちは意気投合して、ホステル滞在が本当に楽しくなりました。さらに、次の日は皆でミュージカルを見に行ったりしました。
感想としては、普通に話す台詞のところは聞き取れるものの、歌になったとたんに聞き取れなくなりました。
なので、話の流れがいまいちつかめなかった気がしました。しかし、本場の歌やダンスというのは美しかったです。さらに、舞台特有の大げさなコミカルな動きが本当に楽しかったです。
私の英語力がさらに伸びたときに、また来たいと思いました。ニューヨークに行ったのは留学生活が始まって半年後だったので、今行ったらかなり聞き取れると思います。お金の都合がついたら、早く行きたいものです。
さて、ミュージカルの後、みんなでレストランに行ってステーキを食べました。しかし、アメリカでは21からしかお酒は飲めないので、19だった私は水をのんでいました。
そして、次の日、また同じメンバーでMOMAという美術館に行きました。近代美術館で、私は美術については良くわからないのですが、なんだか不思議な絵を見れて面白かったです。ちなみに、あの有名なゴッホの『ひまわり』という絵はこの美術館にありました。

そして、私はその後ニューヨークから出発しなくてはなりませんでした。その前の腹ごしらえとして、吉野屋に入りました。吉野家で涙したのは初めてです。私が涙をすると、韓国人の女の子もつられて涙ぐみました。
そして、皆でメールアドレスを交換して、もう一度いつか会えたらいいねといって、お互いの国に旅行する事を薦めて分かれました。
本当にいい旅でした。前半、一体どうなる事かと、生きて帰れるのだろうかとまで思った旅行でしたが、人生の中で一番印象深い旅行です。
ニューヨークという国際都市で、日本人と韓国人が出会い、お互いに友情を深める。何か、不思議な気がします。
ちなみに、そんな彼らとは、二年たった今、再会は果たせていませんが、時々メッセンジャーで連絡をとりあっています。

彼ら韓国人に会う前、私の韓国に対するイメージは実は最悪でした。日韓共催のワールドカップの時の韓国人の態度や、北朝鮮のイメージからです。
さらには、私の行っている大学にいた一人の韓国人は、韓国軍と北朝鮮軍が力を合わせれば、アメリカにも勝てる軍事力になり、世界最強である。なので、日本がもし韓国を怒らせたら、日本列島が無くなる程、大変な事になるとか、いつも言っていました。
しかし、私は一部の情報のみで、韓国に対して自分の中で評価を下していたと思います。それは、非常に幼稚だったと思います。
私は人間対人間で、まともに韓国人と付き合った事はこれまでありませんでした。学校にいた韓国人は、変だったので有名だっただけで、まともな人もたくさんいるでしょう。
なのに、勝手なイメージを持ってしまっていました。この事も含めて、私の人生に新しい価値観への出会いがあった本当に良い旅でした。

しかし、一つだけ言うなら、次にニューヨークに行くときは、まともなホテルに泊まりたいと思います。この時は、運よく出会いがあったかもしれませんが、次もまたあるというわけではありません。
なので、次行く時は、また違ったニューヨークを見てみたいと思います。これで、ニューヨークの旅についてもおしまいです。長いお付き合い有難うございました。
この他にも、私はフロリダのディズニーランド・ロサンゼルス・アトランタ・メンフィスなど、いろいろな所に旅行に行っいます。
それらの記事も、UPしていきたいと思っているので楽しみにしていてください。

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