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留学開始前の日本での語学学校は、ネイティブの先生が教えるクラスでした。毎日、四時間程でリーディング・ライティング・リスニング・英会話・グラマーのクラスが上手くシャッフルされていました。
やはり、ネイティブの先生のクラスは初めてです。そこで、始めて気付いたことがありました。ネイティブに教われば全てが解決すると思いがちですが、実はそうではない事もたくさんあるのです。
要は、英会話の実力あっての英語学習なのです。例えば、グラマーのクラスなんかは、私が問題を間違え先生に質問をします。そして、もちろんその解説は英語で行われます。
英語が分からないのに、英語で解説を受けたところで、非常に非効率な状態に陥ってしまいます。なので、分かったのかどうかも分からないまま、次へ進んでしまいます。
なので、単純にグラマーの成績を上げたかったら、日本人の先生のほうが得策といえるでしょう。(もちろん、リスニングが得意だったりする人は別ですが。)
それは、もちろんグラマーのクラスに限ったことではありません。他の、全ての英語のクラスにいえる事です。

しかし、私たちは先生の言っている事を聞こうと、一日四時間耳を傾けるわけですから、当時は不満に感じるところも多かったですが、今となっては良い学習をしたと思います。
当時、そのネイティブの先生方は本当にゆっくり話していたと思います。さらに、時々難しい単語は日本語を使ったりして教えてくれます。なので、集中すれば何とか大まかな理解はできました。
それに、もちろん先生方はアメリカの標準的な英語を話す、訛りの無いネイティブスピーカーでした。
あまり知られていないのですが、イギリス英語・アメリカ英語と英語の発音に違いがあります。さらには、イギリス国内、アメリカ国内にも訛りがあるのです。
ニュースなどを見ても、字幕が出るほどではないので、日本語の方言に比べると、割と違いは少ないのかもしれませんが、英語の初心者の外国人には英語の違いというのは非常に大きな問題です。英会話とは、実は奥が深いのです。
とにかく、授業から帰ってくるとくたくたになりました。一日の授業レベルとしては大した事をしている気がしないレベルです。
たいした疑問ではないのですが、分からないことに対する質問も、解説してもらっても大して良くわからないという状態です。
それでも、一日四時間の集中というのは、本当に体力を消耗するもので、週の後半には気分が悪くなってくる程疲れてしまいました。
しかし、一ヶ月くらいたつと、人間の脳というのも慣れるのか、そこまで疲れなくなりました。

そして、私はそれに感動して、この調子で行けば、アメカも怖くないと調子に乗り始めていました。本当に、この性格を改めたいものです。
そして、いざアメリカの語学スクールに行ってみると、本当に衝撃を受けたのでした。先生はゆっくりとは話してくれませんし、はっきり言って言っている事が、全くといっていい程分からないのです。なので、授業で何か指示が出ても、何をしたら良いのか分かりませんでした。
そこで、とりあえず何をすべきか質問してみます。それでも、なんだか良くわからないのです。
通じないし、聞き取れない。本当に最悪です。紙に書いて質問して、書いてもらったりしました。本当に、困り果ててしまいました。本当に、生の英会話は怖いと思った瞬間です。
それでも、毎日何とかついていきました。少人数のクラスなので、アットホームな感じがしたのが幸いして、本当にどうしようもない位に何をしたら良いのか分からない時は、周りにいる日本人に聞いたりして、なんとかしのいでいました。
あまり日本人の友人に質問をしすぎたために、先生に日本語を話そうとした事について、何か注意をされた事がありました。
しかし、いつも通りなんと注意されたのか理解していませんでした。なので、とりあえず、「I am sorry. 」と言ってみました。
そうすると、先生と周りの生徒が一瞬変な顔をして、笑われてしまいました。先生は何と私に言っていたのでしょう。未だに謎です。

そうやって、慌てふためいているうちに一ヶ月がたちました。自分では英語についての伸びが殆ど感じられませんでした。
しかし、時というのは恐ろしいもので、四年制の大学に移る時が来てしまったのです。私は精神的に参りそうになっていました。
語学スクールでこんなに参っていたんじゃ、絶対に大学の卒業なんか無理だと思ってしまっていました。ただでさえ、日本食シックになっているので食欲の無い中、余計食欲を失っていました。
そんな不安を抱えながら、新しい大学へ旅立ちました。その大学の寮では、今までと違ってルームメイトがいます。もちろん、アメリカ人のルームメイトです。
私は本当に怖くて、どうしたら良いのか錯乱状態に陥ってしまいました。誰にもいえませんでしたが、「ああ、アメリカなんか来るんじゃなかった。」なんて、思ったこともありました。
大学に移って、一ヶ月が経とうとした頃、修理に出した為にパソコンを使えない日がありました。同じ日に、電話のバッテリーが切れて日本への電話が出来ませんでした。そして、電話が使えなくなった理由が私には良かりませんでした。
そんなくだらない理由で、思わず日本にこのまま連絡できない日が続くような気がして、おもわず涙してしまった日もありました。今となっては、恥ずかしい思い出です。
さて、今回の私の英語学習との戦いは、自分自身でタオルを投げそうになっている状態までになっていました。
19の若者の、そんなに長くは無い人生の中で、一番疲れていて、錯乱状態に陥っていた時代でした。

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