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TOEFL無しだとキツかった

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一、英語学習との戦い編

語学学校は朝九時から午後4時まで、週末を除いて毎日あります。
一時間目から順番に、グラマー・ライティング・リーディング・
リスニング・スピーキングと毎日です。


それに、時々TOEFLの練習が入ります。
もちろん、その間に日本語を使う機会はありません。


私は七週間で1セッションとなっているコースを受講して、2セッション分受けました。


この選択は、発音の学習を決めたのと同じくらい良い選択でした。


先生方も、今まであらゆる学校に通ったなかで、一番室のよい先生方でした。
どんなにくだらない質問だろうと、生活面のトラブルだろうと、TOEFLの事だろうと本当に親身になってくれました。


英語学習につき物の、スランプという状態にあまり陥る事無く、楽しく三ヶ月をすごしました。


私も初期の英語学習者特有の、やたらスラングを使いたがる時期がありました。
ひどい言葉を色々使っていたのも、先生方の冗談交じりの適切な注意のおかげで、今では使う事が変な事と思えるようになりました。


そう考えが変わっていなかったらと思うと、
あるいは、昔の自分を思い出すと恥ずかしくなってきます。


楽しくと言っても、もちろん遊んでいるわけではありません。
先生の励まし、そして自分の英語力の伸びなどから、
知的興奮を味わう毎日でした。




一、英語学習との戦い編

この語学学校に行く前、
私はずいぶん甘い英語学習をしていたことに気付きました。


順番に見ていくと、グラマー問題を解くことには神経を使っていても、グラマーを使いこなす事については、あまり神経を使っていなかった事に気付きました。


もちろん、自分の中では十分だと思うほどには、神経を使っていたつもりです。しかし、英語を使いこなすと言う事を考えたとき、それは不十分でした。


何か、小論文のようなものを書いたところで、誰かにチェックしてもらえば良い。
そうすれば、問題が無いと思っていました。

しかし、学校に行く前の私の文は言いたい事がある程度伝わっていたにしろ、全てのセンテンスが現在形だったりする、非常に誤解を生みやすい、幼稚な文章でした。


あるいは、スピーキングにおいても発音は良かったものの、極めて日本語的な表現を多く使っていました。


文脈から相手は良く考えれば通じていた事でしょう。
しかし、相手との信頼関係を作るほどの英語力ではない事が良くわかりました。


リスニングにおいても、分からない事が多くても話の方向性からして間違う事が無くなっていたので、ある程度満足していました。


しかし、はっきり言って方向性を間違わないのは当たり前なのであって、
本当のコミュニケーションをするなら細部まで聞き取らなければ話になりません。


映画を字幕なしで見た時に話のストーリーをつかんだ所で、
やはり腹を抱えて大笑いする事は出来なかったし、
涙を流すほどに感動も出来ませんでした。


一体どこに英語の目標を置くのかという問題もありますが、私の英語力がいかに幼稚な物であったという事が分かり、初心に帰り一生懸命勉強しました。




一、英語学習との戦い編

そして、三ヵ月後、私の英語力は本当に変わりました。
やはり、勉強と言うものは効率よい方法行う時、時間をかければかけるほど良くなるものです。


三ヶ月の間、平日に学校で七時間ほど英語を学び、
その後も自ら英語を学んでいると、かなりの時間を英語学習に費やした事になります。


さらに、毎日、毎日英語の小論文を書いたりしました。
あるいは、先生の前で話して、その話に何かミスがあれば、
先生に厳しくチェックされてたりしていました。


やはり、辛いと思ったことはあっても、本当に良い三ヶ月間でした。


ところで、私は今までTOEFLのテストの点と言うのを持ったことがありません。


なので、別に受ける必要は無いのですが、TOEFLのテストを受けてみることにしました。


いわゆる、私の英語の戦いに終わりはありませんが、
試験との戦いと言う意味では最後の戦いです。


TOEFLをアメリカで受けました。昔、私がうけたTOEFL−CBTというテストから、TOEFL−IBTというテストに変わっていました。


何が大きく変わったかと言うと、テストの中にスピーキングのテストが加わったということです。でも、一般的に難しくなったと言われているものの、私のように一生懸命スピーキングの練習をした場合は、むしろ有利に感じるくらいです。


語学学校でもテスト対策をしていたので、本当にスムーズにテストを受ける事が出来ました。それでもやはり、四時間ほど連続で集中し続けなければならないと言うことには、本当に体力が必要でした。




一、英語学習との戦い編

なので、テストの後に、本当に疲れてしまいました。
そして、テストの結果、わたしは昔のTOEFL−PBTのテストの点数に直すと550点程の点数を取る事ができました。


それくらい行っているだろうと予想しながらも、本当にその点数を取った時、少しびっくりしてしまいました。TOEFL無しでアメリカに来ても、やはりあらゆる制約を受けてしまいます。


それから、ようやく解放されました。


この様に、私の英語学習との戦いはハッピーエンドで終了です。
とはいっても、私が英語との戦いを完全に止めたと言うわけではありません。
ただ、英語を使って何かをするという段階に移ったのです。


言い換えると、英語の勉強そのものをする時は去ったと思います。
戦いを終えたようで、振り出しに戻った瞬間でもあるのです。
 

さて、毎度のように例えてみましょう。


アマレス全日本選手権で四連覇を成し遂げた中西学選手が、
プロレスラーとして生きて行くことを決めた瞬間です。


仮に負けようと客を魅了しなければならないプロレスと、
とにかく勝つ事だけのレスリングは共通点は多いものの全く違うものだと思います。


もちろん、私は彼ほど大きな仕事をしていないので、
こんな例えを考えた自分が少し恥ずかしかったりもします(笑)


本当に長い道のりでした。
もう一度この道のりと同じ体験はしたいとは思いません。


やはり、辛かったりしたのも確かです。
なので、今から他の言葉を習得したいとも思いません。


でも、私の青春は常に英語との戦いで、いつも情熱に満ち溢れていました。
私の大好きなハリウッド映画も英語で作られていると言うこともあって、その情熱が続いてきたのでしょう。


本当に良い青春時代を過ごしたと思います。
皆さんも、最後までお付き合いいただいて、本当にありがとうございました。



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