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私の英語学習との戦いは、中学英語との戦いから始まります。
極めて一般的です。私はこの頃すでにアメリカ映画に興味を持っていました。そして、NHKでやっていたフルハウスという海外ドラマや映画をテレビでよく見ていました。
そして、不思議な思い込みをしていました。はっきり言って、 外国に言った経験も無く英語の学習をしたことの無い私が英語の天才だと思い込んでいたのです。
理由は単純に、ただアメリカ映画を字幕で見ていたという事。不思議ですね。中一が考える事は。
字幕を読んでいても時々分かるハローやハーイ、もしくは人の名前が呼ばれるのを聞いては興奮していました。
そんな思い込みをしながら、生まれて初めての中間テスト。
アルファベットをブロック体・筆記体で書く事と、簡単な単語のテストでした。
結果は、100点とは行かないまでも、90点位でまあまあでした。これがきっかけで、私は中学英語を勘違いし始めるのです。

さて、私は少し変わった事が好きな少年だったので(今も?)、
ブロック体よりも先に筆記体をマスターしてしまった記憶があります。
なんとなく、アメリカ人は筆記書いているというイメージが強かったので、私は筆記体が大好きでした。
それに、なんとなく、あの独特の形が書けるようになっただけで、自分がアメリカ生まれの帰国子女のような気分を勝手に味わっていました。(後々気付いたことですが、アメリカ人でも最近は筆記体を書かない人は多いそうです。)
さらには、簡単な単語・会話は教科書をみて、物まねしてマスターしたと思っていました。物まねといっても、CDの物まねをすればいい所、何故か先生の物まねをしていました。
というのも、その先生はいつも気取った感じの先生で、
私にとっては、その先生はアメリカの全てを知っているといった気分でした。
先生は授業中に教科書を音読してくれます。それを家で、ものマネをしながら、何度も音読をするのです。
そうすると、文法がどうのという硬い事を考えるよりも前に教科書の例文が頭に焼き付いてテストが取れるという作戦でした。
加えて、家や友人と話すときも積極的に英単語を使うようにしていました。
まるで、ルー大柴状態です。
いや、はっきり言ってルー大柴よりも顔は薄いし、ボキャブラリーも薄いといった感じで中途半端だったと思います。
さらには、やたら人のことをファーストネームで読んでみたりと本当に英語かぶれした変わった中学生でした。

そんな中、期末試験になりました。そして、ものマネの効果もあってかまた90点程取れました。私は本当に有頂天でした。
親の責任にしてはいけませんが、親も親で私を、とてもおだてるのです。だから、本当に心のそこから、自分自身の事を英語の天才と信じ込んでいました。
際どい事を言えば、日本語よりむしろ、英語の方が得意だと思い込む寸前まで行っていました。
そして、そんなに英語に気取っている私に、運命の日がやってきたのです。
自信と一仕事終えた充実感の為に、テスト休みも爽快な気分で過ごす事ができました。
そして、いよいよ通知表が帰ってきます。他の教科はさておき、英語は5が取れるに違いないと確信していました。そして、スキップするかの勢いで担任から通知表を受け取りました。
その時です。晴天の霹靂とは、この事を言うのでしょう。通知表の英語の成績に書かれた数字を見ると、ただ3と書いてありました。
友達が私に成績がどうだったか尋ねてくれるまでの数分間、私の思考回路は完全にショートしていたようです。
ショックを受けました。そして、成績を尋ねてくれた友達には「まあまあ、かな。」と答えておきました。
そして、普通の私なら、友人に成績の事を聞き返したでしょう。でも、私は黙りこくっていました。落ち込むというより、思考が停止してしまった状態でした。
あげくの果てに、友人から大丈夫かと聞かれてしまう程でした。

その後、休み時間になり、我に帰った私は職員室に飛んでいきました。
そして、英語の先生に、90点以上も取ってるの に何が悪いのか質問しました。
すると、先生は中学校は相対評価だから、頑張ってるのは分かるけど、
どうしても順位はつけなくちゃならないんだと言いました。
先生いわく、中一の一学期は、ほとんどの生徒にとって英語は始めての教科なので、あえて優しい問題を出すことにしているのだそうです。
その日は、本当にがっかりして家に帰ったのでした。
そして、夏休みが始まりました。私の英語熱はすっかり冷めてしまっています。
もはや、ルー大柴でも何でもありません。
ただの中一です。むしろ、何で英語なんか話してる奴らが偉そうにしてるんだといった具合に、英語の存在自体に怒ってすらいました。
これから先の私の中学英語は、いつも3という成績でした。
これ以上を取ったことが無ければ、以下ということもありませんでした。
勉強方法も変えなかったし、勉強時間も変えませんでした。
当然の結果です。
ただ、熱が冷めた割には、頑張って続けたと思います。
この様に私の英語学習との戦い、初戦は完敗です。はっきり言って、思い出すだけで顔を赤らめてしまう程、私は何かを激しく勘違いしていたようです。

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